ここではないどこか。そして今ではない昔。
ひとりの少女が牢の中で残酷な朝を迎えた。
「……処刑の……日」
小さく、諦めきったように彼女は零す。
この世界に、彼女の味方は誰一人としていない。
世界を滅ぼす日食の導き手、「竜呼びの巫女」として生まれた、それだけで。
平和な日々は全て奪い去られた。「暁の緋色鳥」、それを信仰する者たちの手で。
そして彼女自身も心と体に深い傷を刻まれた。思い出すだけで体が震える。
「……わたしは……」
あまりにも理不尽な行為。理不尽な言葉。だがそれに抗うすべを少女は持たなかった。
持つことすらも、許されなかった。
キイ……ッ
急に、軋んだ音がして彼女の前に金色の髪と紅の瞳を持つ青年が現れた。
少女にはひと目でそれが誰だかわかった。
「暁様……当代の暁の緋色鳥さま……そうですか……時間ですか……」
そう、彼こそが彼女を「殺す」相手だから。
少女は立ち上がると両手を広げた。運命を受け入れるように。
「どうぞ。わたしは抵抗しませんから―」
暁は静かに少女に歩み寄ると、剣で貫く代わりに、耳元で小さく囁いた。
「僕は―」

―この時の言葉が、交わされた約束がすべてのはじまり―



それから5000年もの時が流れ―
この世界はいつしか秋津と呼ばれるようになっていた。
大きな1つの大陸と、3つの大きな島々、そして南方に広がる諸島群からなる世界。
そしてこの世界は今、非常に緊張した状態だった。
魔術国家ヤマシロを統べる平安院家。
カイ島とミチノクを統べる奥羽同盟。
そして大陸西部とクコク島を統べる西海同盟。
この三大勢力が「竜呼びの巫女」を巡って対立していたからだ。
「竜呼びの巫女」とは日食を引き起こし、黄泉の扉を開くと言われる力を持った巫女のことで神話にのみ語られる存在である。
ただ、今より17年前にそのしるしを持つ少女が世界のどこかに生まれ落ちた、と予言者は告げた。
世界は、その言葉で反転する。
兼ねてから力を持っていた三大勢力が動き始めたからだった。
竜呼びの巫女のその力を我がものとし、首都奪還を狙う陰陽師一族平安院家。
その力を危険視し、かつ他の勢力に渡ることを阻止したい奥羽同盟。
力については慎重だが、他の勢力に渡る前に巫女を保護してしまいたい西海同盟。
他の国々は中立を貫くか、どれかの勢力に組するか決断を迫られていた。

―世界に争いが起ころうとしていた―

そんなある日のことだった。
「うん、いい天気だね!風も気持いいし。いいことが起こるかも!」
<まったく気楽だな。それがお前らしいが>
南海諸島の砂浜で一人の少女が大きく伸びをした。
大陽はいつものように照りつけ、潮風が髪を揺らす。
平和で、平凡ないつもの日々。
「もーシオは堅いなぁ。あたしだって自分の立場はわかってるよ?でもどーしょうもないじゃん。
あたしのせいじゃないんだし……」
<それはそうだが>
少女はシオ、と名付けられたー頭に載っているカニ?に話しかける。
この世界に話すカニは生息していないので、恐らくは彼女の守護精霊だろう。
秋津の民は見えるか見えないかは個人差があるがみな、守護精霊を持っていると言われている。
「だから、敢えて明るく過ごすの。……後悔しないようにね。」
そう言って少女は少し寂しげに微笑んだ。
<ヒナ……なら何も言うまい>
シオは彼女の気持ちを察してこう言うと、そのまま黙った。
「……ありがと。」
ヒナはそう言ってそっとシオの体に触れた。
「……あれ?」
ヒナは何かを感じたらしく、辺りをきょろきょろ見回す。
<どうしたんだ?>
「なんかね、風が呼んでる気がするの。行ってみるね!」
<ふむ……>


「……これ……人だよね、生きてる?」
<嫌な感じはしないな……流れ着いたのか?>
風に呼ばれるがままに西の砂浜に向かったヒナとシオは流れ着いたらしい少年を見つけた。
……見ようによっては少女に見えなくもない。深い海色の髪で、顔にはまだあどけなさが残っていた。
この南海諸島には不釣り合いな長袖の制服のようなジャケット。
それが彼が南海諸島の出身ではないことの、何よりの証拠だった。
流れ着く途中で流木で切りでもしたのだろうか。肩口には傷があり、そこから血が溢れ出している。
「……この人、怪我してるみたい。治してあげていい?」
<止めてもやるだろう>
「そうだね。……<海の癒しの吐息を>」
ヒナの手から柔らかい蒼の光が溢れ出し、傷口を塞いでいく。
数分ほどで傷は完全に消えた。
「……どうしようかな。とりあえず神殿に運んで判断してもらおっか」
<見た所武器は持っておらんようだし、何より……不思議な感じがする。タツヤに訊いてみるか>
「じゃあ……シオよろしく~!巨大化!」
ヒナがそう言うとシオは巨大なシオマネキに変化する。そしてその甲羅に気を失ったままの人物を乗せた。
……秋津でシオマネキに乗った人間は後にも先にもこの人物だけだろう。
ヒナは巨大化したシオと共に自らの住む神殿へと向かった。


(……ここは……)
夢を見ていた。体がどんどん深い深いどこかへと沈んでいく夢。
指先が、体が感覚を失っていく。
(ああ……消えていく……のかな……でも……)
何故か妙な安堵感があった。
(これで……良かったのかもしれない……だって……―なんてできないからー)
夢の中でそっと目を閉じる。
もう何も見えず、何も聴こえなかった。
そんな時。
<君には……簡単に消えてもらっては困るよ>
(……誰?)
頭の中で声だけが響く。これは男性の声だろうか?
<君はこの力を継がなければいけないのだから>
(継ぐ……?何をー)
<……君が苦しむなら今までの記憶は預かってあげる。だから、目を醒ますんだ。そして彼女を守ってあげて―>
(……わかりました。)
<うん。いい返事だ。その時まで、じゃあまたね。……ツバサ>
そこで夢は途切れた。


「……?」
唐突に目を覚ますと、俺は見慣れない場所にいた。
天井に取り付けられた羽根のようなものがくるくる回っている。
時折風に混じってしょっぱいような香りがした。
「……ここは?何で俺はこんなところにいるんだろう?」
今までのことが何一つ思い出せなかった。わかるのは自分の名前だけ。それと―
<記憶喪失?>
「あ、ハシ。良かった」
ずっと一緒にいる大切な友達、ハシのこと。
ハシは水鳥の姿をした俺の守護精霊で、多分メス。明るくっておしゃべり。
<ツバサ、ハシのことは覚えてたんだ。よかった>
「うん。ハシのことと自分の名前だけはわかるけど、他がさっぱり。記憶喪失……だね」
そう言って微苦笑する俺に、
<だいじょうぶ。ハシがいるよ。>
ハシはそう元気づけるように明るく言った。
そして―
<それよりね、ツバサは服を着た方がいいと思う。>
「え?」
ちょっと恥ずかしそうに言ったハシの言葉で自分の姿を見ると、確かに裸だった。
幸い上半身だけだったけど。
<服はもう乾いてると思うよ。窓の外に干してある。取りに行こ。そこにドアあるよ>
「詳しいね。偵察してた?」 <だってツバサのこと心配だもん>
そう言うとハシは俺の肩に舞い降りて来て、とまった。
「ありがと。じゃあ行こうか。」
俺は小さく頷いて、ドアを開けた。

外はかなり暑かった。空も高くて色が凄く澄んでいる。
どうやら南の地方にいることは間違いなさそうだった。
見慣れない南国の木々の向こうにはエメラルドグリーンの海が見える。凄く綺麗だと思った。
「よいしょっと。うん、ばっちり乾いてるよ。どれくらい眠ってたかわかる?」
干されていた服を身に着けながらハシに尋ねる。
<そんなには経ってないかも。それより……肩に怪我してた気がしたんだけど治ってるね。
ハシも……海に落ちる前の記憶はわかんない。ツバサの記憶とリンクしてるから>
「……そうなんだ?でも治ってるなら良かったかも。ここの誰かが助けてくれたのかな?」
俺自身に怪我をしていた記憶は無いのだけど、ハシは守護精霊で記憶を共有しているから間違いないんだと思う。
<それはわからない。でも何か温かくて大きな力を感じたのは確かだよ>
「うん、ちょっとわかる気がする。」
気を失ってる間、凄く微かにだけど温かいものを感じた様な―気がする。確信はないのだけど。
<あ、上着は腰にくくっておいて。暑いよ>
「そうだね」
さすがに暑いので身に付けていたらしいジャケットは腰にくくっておくことにした。
この暑さなら白いシャツ一枚で十分だろう。

「あ、起きたんすか?良かったっす」
不意に聞こえた声に振り向くと、銀色の髪の毛をした男の人が立っているのがわかった。
とりあえず敵意は感じられない。ハシも警戒していないみたいだし。
「あなたは?」
「あ、俺は石見 シロって言うんすよ。シロで構わないんで。
 兄貴が呼んでるんで呼びに来たっす。えっと……」
「あ、米子 翼……ツバサでいいですから」
「よろしくっす、ツバサ。案内するんでついて来て欲しいっす」
俺はシロさんの案内に従って歩いていく。
少し歩くと中庭に出た。
龍を模した様な装飾のある噴水の前に一人の男の人が立っているのがわかった。
「兄貴ー連れて来たっすよ」
この人がシロさんの言う兄貴、らしい。
銀色の髪で片目を隠していて、目の色は緋色。文句無しに美青年だと思う。
ただ、シロさんとは対照的に、なんだか気難しそうで近寄りがたい印象を受けた。
「ありがとう。……お前が巫女が助けた……少年……でいいよな……か?」
「多分、そうだと思います。記憶が無いので……すみません。俺は米子 翼といいます。
 ツバサで構いません。」
ほんのちょっと緊張して早口になったからか、
「……緊張しなくても大丈夫だ。あまり人との会話は得意ではないからな……すまない」
彼は俺のことを気遣うようにこう言った。
見た目では誤解されてしまうかもしれないけど、本当はきっと優しい人なんだと思う。
「俺は出雲 竜也。タツヤで構わない」
「タツヤさんですね。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。……ところで、記憶が無いと言うのは本当なのか?」
「はい。自分の名前と守護精霊のハシのことだけしか……思い出せないです」
俺はそう言って頷く。
「……なるほどな。巫女は言っていた。お前からは『不思議な感じ』がすると。」
「不思議な……感じに見えますか?」
俺は思わず自分の服装を確認する。白いシャツに青いパンツに腰にくくったジャケット。
もしかしたらここでは俺が元いた所のファッションは可笑しいのだろうか。
思わずきょろきょろ自分自身を見回していたら、微かに微苦笑が聞こえた。
「いや、そうじゃなくて。服装は……何もおかしくはないぞ。……天然系か?」
正直、タツヤさんがこんなふうに笑うのはちょっと意外だった。
無口……なわけでもないのかもしれない。
「それなら良かったです。けど、だとしたら不思議な感じって……?」
「ああ。……なんというか……上手く言えないんだが……大きな何かに守られている様な……そんな感じか。抽象的で悪いんだが」
(大きな……何か)
不意に頭の中に「言葉」がフラッシュバックする。
「……そういえば、『誰か』に簡単に消えちゃだめだって……俺が何かを継ぐから……とか
言われた様な言われてない様な……気が……するような……」
「……酷く曖昧だな」
「ごめんなさい。朧げで」
この答えにタツヤさんは静かに首を横に振って、
「いや、こっちこそ記憶が無いのに悪かったな。……焦ることは無い」
少し寂しげに目を細めた。
「そうっすよ。俺もここに来るまでの記憶ないんで。同じっすよ?」
「シロさんも……なんですか?」
正直驚いた。記憶が無いなら、多少は不安になるものだと思う。
俺だって正直言えば不安だ。元居た場所で何をしていたのかもわからないし。
でも、シロさんからそういう雰囲気は一切感じられない。彼は凄く明るくて前向きに見える。
本当は不安で一杯だったとしても、それを隠せているのがすごいなあ、と思う。
俺は多分隠し通すことなんて出来ないだろうから。
「俺は、鉱山の跡で兄貴に助けられたんすよ。目が覚めた時、真っ暗だったから凄く不安で―
 思わず飛び出したら崖下に落ちちゃって。それを受け止めてくれたのが兄貴だったんです」
「たまたまイワミ鉱山跡にモンスター退治の依頼があって行っていたからな。あそこに近寄る者は
 滅多にいない。モンスターの巣窟だからな」
「思えばあれっすね。そのたまたまがなければ俺、死んでたかもしれないわけで……兄貴との出会いはいわば『運命』なんすよきっと。
 俺、密かにそう信じてるんです」
この言葉に、タツヤさんの顔が徐々に赤くなっていく。あ、今耳に到達。
「ば……馬鹿なことを言うな!『運命』とか……俺じゃなく、恋人に使え!」
「照れてる兄貴も可愛いっす♪でも、別に友人でも『運命』ってあると思うんすけどね。
『魂友』は存在するって海神様の神話でも言われてますよ?」
それはもっともだ、と思った。
別に恋人同士じゃなくたって、運命を感じる相手っていうのはいると思う。
そしてそれはきっと凄く素敵なことなんじゃないのかな。
……俺にそういう相手がいるのか、いないとしてこれから出会えるのかはわからないけれど。
「くすっ」
それ以前にタツヤさんとシロさんとの会話が微笑ましくて、俺は思わず微苦笑する。
「ツバサ……笑うなんてひどいっすよー」
口を尖らせたシロさんに、
「ごめんなさい。微笑ましくって……何だか素敵だなって」
俺は本音を告げる。ほんのちょっぴり羨望を混ぜて。
「……大丈夫、お前もきっと出会えるさ。
 まあ……こいつは正直ちょっとうっとうしい時もあるけどな」
「……ひどいっすよー兄貴。ところで、ヒナはどうしてるんすかね?」
「……ヒナ……さん?」
「ああ、お前を助けた巫女だ。帰ってくるなり『つっかれた~』と言って昼寝をしていたが―もうそろそろ起きてくると思うぞ」
「……は、はあ……」
ハシの記憶から抜き出した俺の知識が正しければ、巫女っていうのは神や精霊に仕える者で
神秘的で近寄りがたくて、物静かなイメージがある。
少なくとも『つっかれた~』とは言わない筈なんだけど。
「ヒナは……いい意味でも悪い意味でも巫女っぽくはないっすからねー。でも、変に堅苦しいより
 俺は好きっすよ。民にも慕われてます」
それは一理あるかもしれない。
俺もあんまり堅苦しいのは好きじゃないから。


「いい意味でも悪い意味でもかあ……」
不意にそう声がして、ひとりの少女が姿を現した。
着物を変形させたような不思議な服を着ていて、髪の色は茶色。目の色は海と同じ色だった。
「うわっヒナ様!」
シロさんがきまり悪そうに頭をかいて、顔を背ける。
(この人が……巫女?)
「ん?キミ元気になったんだ?あたしの顔に何かついてる?」
「い、いいえ何もっ!」
なんとなくじろじろ見てしまった自分に気付いて、俺は慌てて目を逸らした。
「ははぁ……キミもあたしが巫女らしくないって思ってるんだ?……どーせあたしは
 おてんばだし胸もぺったんこですよーだ。でも、あたしはあたしらしくいたいから」
彼女はそう一方的にまくしたてて、言葉を切った。
「あ、あの……助けてくださってありがとうございました」
俺は彼女の勢いに押されながらも、感謝を告げた。
彼女がいなければ海岸でのたれ死んでた可能性も無くはないわけだし。
「お礼なんていいよ。あたしは自分にできること、しただけ」
彼女はそう言って明るく笑い、手を差し出す。
「名前、教えて?あたしはヒナ。キミは?」
「俺はツバサです」
「ツバサか。うん、いい名前。よろしくね。あと、敬語使わなくていいよ?」
とは言ってもヒナが巫女で、多分年上なのは事実だから本来はそうするべきなんだけど。
(でも下手に敬語使ったら怒りそうな気がするからなあ)
「よろしく、ヒナ」
あえて俺はため口でそう言うと、ヒナの手をとった。

その瞬間―
「……え?」「……あれ?」
なんだかとても懐かしい様な、温かい様な、哀しいような感覚を覚えた。
もっとも、その感覚はほんの刹那に消え去ってしまったけど。
「……今のって……?」「……何だろう……?」
俺たちふたりは思わず首をかしげる。どうやらヒナにとっても初めての感覚だったらしい。
「……んーまあいいや。なんて言うか……『運命』かもね?」
ヒナはそう言うと少しいたずらっぽく笑った。
「……『運命』……かあ……」
正直なところよくはわからないけれど、悪くはないような気がする。
ヒナは悪い人ではなさそうだし。
「とりあえずヒナの『相棒』<レリフ>はツバサでいいんじゃないっすか?兄貴」
「ああ。構わないだろう。こういうのは第一印象が重要だからな」
「……『相棒』<レリフ>って何ですか?」
「ああ、簡単に言えば共に戦うパートナーのことだ。もう少し専門的に言えば
 この世界で言う魔法―タティトを操る際に媒介となる存在のことだ。
 普段はそうでもないが、合成魔術<コンビネーション>を使う時に必要となる」
「……さっぱりわからないんですけど」
「まあ、こういうのは習うより慣れろっす。……今夜は契約してもらって……
 明日の朝、俺らと練習試合ということで」
「ああ。そうしよう。巫女、契約の方法は……」
「……う……うん……わかってる……大丈夫だから」
「……?」
何だか成り行きで全てが進んでいる気がする。
それよりも、何故ヒナは顔を赤らめたんだろう?
……契約って……一体何を……



「……入って……いいよ」
「……う……うん……」
蒼い月の光が差し込む神殿の奥。竜の祭壇。
ここでどうやら儀式は行われるらしかった。
差し込むのは月の光だけで、それに照らされたヒナはいつもより大人びて見える。
いつもと違った黒のドレスを身に纏い、唇にも薄く紅がさしてある。
頭には薄い緋色のベール。印象を簡単に言うと、黒いウェディングドレス。
一方俺の方も黒と緋色が使われた服に着替えている。
結婚式に見えなくもない。それを象っているのかも知れないけれど。
「……闇をその身に纏う『竜呼びの巫女』それが本当のあたしの姿。
 ツバサ、キミにはあたしを守り、世界を敵に回す覚悟はある?」
「……」
さすがに一瞬返答に困った。
記憶喪失になったと思ったら今度は世界を敵に回す……もう正直わけがわからないけれど。
運命を信じるのなら。そして微かに聴こえた言葉を信じるのなら。
「……ヒナ、本当に俺でいいの?俺は記憶も持っていないし、戦えるかもわからないよ?」

「……目、閉じてて」
ヒナは答える代わりに、俺の腕を引き寄せて―
「……あたしは……ツバサを信じる。あの時感じた何かを……信じるから」
何かが触れ、温かい力が流れ込んでくるのが目を閉じていてもわかった。
同時に、俺の中からも力が溢れて、流れ出していく。
二つの魔力の奔流は淡い光となって俺たちふたりの体を包み込み、その中へと吸い込まれていった。
「……ここに力は結ばれた……大丈夫……疲れただけ……だから」
ヒナはそう言うとそのまま気を失ってしまった。
その体が地面に触れる前に、俺は手で彼女を支える。
「……」
いつの間にか曇ってきた空から差し込む月明かりが一瞬ヒナと俺を映し出す。
彼女の口紅は乱れていた。
……つまり、彼女が俺に目を閉じている間にしたことは―
「……うん。顔を赤らめるよね……それは」
コツン。
不意に足音がして人影が姿を現した。
「……そうか……力は結ばれたのか……歯車は廻る。やはり止められないのか……」
「……あなたは?」
見覚えのない人物だった。
そもそも神殿の関係者とは着ている服がまったく違う。例えるなら詩人や賢者だろうか。
顔は薄暗くて良く見えない。
「……気にしなくていいよ、ツバサ。彼女を……ヒナを守ってやってくれ。
『竜呼びの巫女』の本当の使命はー……いや、やめておこう。時がくればわかることだから」
「……貴方は……どうして俺の名前を?まさかあの時の声は―」
俺がそう聞き返そうとした時、その人物の姿は幻のようにかき消えていたー





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